彼はいつも空ばかり眺めている。
―空―
授業中の彼は大抵空を眺めて過ごしている。ややこしい微積だの享保の改革だのと先生が説明していても、頬杖をついて空を眺めている。握られたシャーペンはまるで振子のように、止まった彼の世界で唯一時を刻む。
――これで成績が良いなんて羨まし過ぎる。
私なんか学校で説明されてもすぐに飲み込めなくて、参考書と予備校の授業でようやく…なんて具合なのに。
ふと私も板書するのと理解するのに疲れて、彼と同様に頬杖をついて、あたたかい日差しが差し込む空を見上げた。窓ガラスは随分掃除していないから砂埃なんかで汚れているはずなのに、差し込む日差しがきらきらと輝いて、空が青い。向かって左側が窓寄りで、私の席は廊下よりの後ろ目にある。彼の席は窓のすぐ側の真ん中より席二つ分後ろの位置にある。
彼がいつもぼんやりと空を眺めているのは、先生もクラスメイトも知っている。けれど誰も彼を咎めたりはしない。――なぜなら彼は成績がよくて授業中にぼんやり空を眺める以外優等生なのだ。時折年配の先生に軽く窘められる事はあっても、大抵の先生方は彼の優等生の肩書きに平伏して咎めたりはしない。
……そんな風に特別扱いされたら他の私たち生徒は不満を覚える。けれどその不満を決して声に出さない。出さないけれど態度には滲み出る。
いじめなんて幼稚な事はしないけど、彼を腫れ物扱いして近寄ろうとはしない。ある意味こういった行動の方が幼稚なのだけど、けれど彼はクラスにあって、でも無い扱いをされる。――まるで空気の様だと常々思う。
ある事があたり前で、でも誰もその存在を意識しない。
だから授業中堂々とよそ見していても誰も気にはしない。それが当たり前だから。
ふと換気のために開けられた窓からフワリと眠気を覚ます風が舞い込む。
その時、陽に透けた彼の髪がなびいた。瞬間、私の胸はざわついた。別段絵になる様な姿ではないのに、億劫な鼓動をしていた胸が、その瞬間に急激にとくとくと存在感を誇示し始めた。ざわつく胸が不可思議で、不可思議を起こした彼がおかしくて、ついつい視線を一点。彼を見つめていた。
そしてざわつく胸に気を取られて、振り向いた彼と視線がぶつかってしまった。それはまるで静電気の噛んだ痛さに似ていた。そしていっそう胸がざわつき始める。けれど私は彼から視線をそらす事が出来なかった。恥ずかしいはずなのに。彼の目に飲み込まれて固まってしまった。
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- 2007/11/14(水) 23:37:26|
- 現代|
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