夢で貴方さまにお逢いできたらどんなに嬉しい事でしょう。
夢
そっと目を閉じる。
その瞼に彼の日々がうつる。貴方から初めて頂いた文に薫き染めた香やお手蹟の流れる美しさ。素晴らしい歌。――今も胸の中で燦然と輝く私の春。あの日、私の人生に華が咲いた。身分も容姿もつまらない私に咲いた華。やがて枯れ逝く事がわかっていても、その華の艶やかさに、情熱に、身を投じたいと思った。浮き世の辛さから解き放たれたくて、恋というものを知りたくて。
そして貴方に溺れた。
初めて貴方とお逢いした時、心の臓が止る思いだった。月影にほんのりうつる貴方の美しいかんばせ。この世のものとは思えなくて、まさかこんな方と文をやり取りしているとは思わなくて。――ただただ世知辛い世にも、御仏のお慈悲があるとは。御簾をかいくぐってまるで童子のように無邪気に笑う貴方を見て、涙が止まらなかった。
あの時から私は貴方に溺れた。貴方という捕らえどころのない海で、ただ醜く縋る様に溺れつづけた――……
「やけに冷えると思いましたら雪が降って参りましたね」
女房が火鉢の中を火鉢棒でかいた。炭のはぜる音をききながら、御簾越しにちらちらと雪片が舞い降りるのを眺めた。――私の春は終わった。
あの方にとっては一時の戯れに過ぎなかったかもしれない。けれど、私にとって人生の華だった。
あの方はもうこの世の人ではない。――けれどきっと多くの華やかな浮き名を流したのだからもうこの世には未練がないのかもしれない。
あの方は美しさゆえに尊さゆえに、駒にされて、負けた。あの美しさでも隠しきれない野心に身も心も焦がして、そして甘言をていした臣下のいい様に駒にされ、出家をなさった。
女の私に政はわからない。けれどわからない故にわかる事もあるのだと思う。
あの人は純粋故に、愚かだったのだ。
今は穏やかに来世のためにお勤に励まれているそうだ。
――もしまた来世に生まれ変わっても、貴方はこんな人生を求めるのかしら。
そうしたら貴方はまた私とお逢いしてくださるかしら……
貴方の夢に私は現れましたでしょうか?貴方さまが御出家なさっても逢いたい思いがいやますばかり。
恋を知ってしまった私の心は簡単にはおさまりそうにはありません。ですからどうか私の夢にお姿を見せて下さい。「逢いたかった」と一言言ってくださったら、私はもうこの世に未練はございません。ですからどうか。夢でお逢いしたいのです。
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- 2007/11/14(水) 18:42:35|
- 平安|
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